男女の違いを知り、その特性に応じて教育すれば、男女両方ともその良さをいっそう伸ばせます。
そこで、男女の違いについて拙著『男女別学で子どもは伸びる!』(学研パブリッシング)に記載したことを中心にご紹介します。
男女の脳の働きに応じた教育
アメリカでは、学力向上と生徒が学ぶ選択肢を拡大するために、公立校での男女別学クラスが増えています。
それまでは、公立校においては男女の教育機会均等に反するものは禁止されていたのですが、2002年に作られた法律「落ちこぼれの子をつくらないための初等中等教育法」(No Child Left Behind Act of 2001:一般にNCLB法という)によって、男女の違いに応じた教育ができるようになったからです。
その大きな要因の一つとなったのは、最近の脳科学の研究によって、男女の脳とその働きが生まれつき違うことがわかってきたことです。
二十世紀には、男女の態度、好み、行動の違いというものは社会がつくりだすというのが主流の考え方でした。
しかし、脳科学の発達によって、必ずしもそれだけではなく、脳の神経経路の働きやホルモンによることがわかってきたのです。
男女の脳の働き違いはあるということは、いまや脳科学者の意見は一致しています。
男子の脳と女子の脳は生まれる前から違う
お母さんのお腹にいる胎児の妊娠初期には、まだ脳の性差はありません。
性差が生じるのは、血液中の男性ホルモンであるアンドロゲン(テストステロン)の影響です。
脳科学者の新井康允氏は、次のように述べられます。
「男の子の場合は、妊娠八週くらいから、精巣からアンドロゲンが出てきて、妊娠十六週くらいをピークに曲線を描きます。女の子にはほとんどありません。最初のアンドロゲンの働きは、身体の内部や外部の生殖器を男型にします。そればかりではなくて、おそらく脳にも作用して、男の脳をつくるのではないかと考えられます」(新井康允、他共著『男の子・女の子 そのちがいと育て方』金子書房)
こうして胎児が成長するにつれて、男女の脳は違っていきます。
それに応じて、生まれてからの脳の働き、見方、聞こえ方、コミュニケーションの取り方、興味関心、得意分野などにも違いが生じるのです。
もちろん個人差はあり、男でもより女性的な脳があり、女でもより男性的な脳があります。
また、当然のことですが、男女の脳に性差があるといって、男女は平等でないとか、男女は同権でないとかということではありません。
どちらが優れているかということではなく、個人的に違いがあるように、現実に男女の脳には違いがあるということなのです。
その違いについて、わたしたちは教師であれ、親であれ、子どもを教育していく上で知っておくべきでしょう。
個々の子どもの違いを受け入れて、その子どもの個性に応じて教育すれば、その子どもの良さをいっそう伸ばせます。
それと同様に、男女の違いを受け入れて、その特性に応じて教育すれば、男女両方ともその良さをいっそう伸ばせます。
では、男女の違いについて、最近の脳科学の研究によってわかったことを中心に以下に見ていきましょう。
女子は言語能力が高い
幼い頃から、「女子はおしゃべり」だと言われます。
アメリカの社会言語学者のデボラ・タネンが言語能力のおける性差を三十年調査研究した結果を要約すると、「女性は言語コミュニケーションに長けている」ということでした。
女性は話す能力にかかわる記憶、流暢さ、発音のスピードといった点にも優れています。
このように幼い頃から女子の言語能力が同年代の男子より高いのは、女性の脳は、右脳と左脳をつなぐ脳梁が太いため、左右の脳を連係させてバランスよく使えるからです。
両方の脳でバランスよく言語処理ができる女子は、必然的に言語能力は高くなるのです。
そのため、一般に女子は国語を得意とする傾向があります。
逆に、男子は脳梁が細く、つながりが悪くなります。そのため言語処理をするときは、おおむね左脳の言語関係部位だけが活動することが多くなります。
もちろん個人差はあるのですが、一般に女子が男子と比べて言葉を覚えるのが早いのは、このような脳の違いによるのです。
これは同学年の男女を比べてみると、明瞭です。
小学生を比べると、小学一年生でも女子は男子の二倍~三倍くらいはしゃべります。
私がそれを実感したのは、帰りのスクールバスでした。
勤めていた男女別学校は小学生のうち数十人は、男女いっしょにスクールバスで登下校します。
帰りのバスの中では、まさに男女のおしゃべりの違いがはっきり出ます。
公共のバスの中では静かに過ごすように指導されているのですが、スクールバスは他のお客様は乗ることがないので、子どもたちには、多少、開放感があります。
そのため女の子たちの多くはそれぞれ今日学校であった楽しかったことのおしゃべりに興じ、小声ながらもキャッキャッ言いながら盛り上がっています。
男子の方も男同士でおしゃべりしますが、言葉数は女子の三分の一くらいです。中にはボーっとしていたり、寝ていたりする子が多いのも男子の特長です。
この傾向は学年が上がっても変わりません。それどころか、ますます男女差は広がるかのようです。
思春期の男子は、小学生のときによくしゃべっていた子も、おおかた無口になり、親ともほとんど会話しなくなるのが普通です。
しかし思春期の女子は、親との会話が減ることはあっても、親しい友だちとの会話が少なくなることはありません。女子にとって、会話はコミュニケーションやストレス発散の手段であり、楽しみでもあるのです。
もちろん話す量よりも中身が大切なのは当然です。でもバスの中での日常会話を聞く限り、より高度な言葉や熟語を使って話しているのも女子に多かったように思います。
小中学校では、男子と女子の話をする能力は、ほぼ一学年から二学年くらい違うような印象を私は持っています。
男子は空間認知力が高い
一方、男子は、「パズルや図形が得意」と言われます。学校の教科でいえば、男子は、算数の図形問題が得意です。
これも脳科学の発達でわかってきたことです。その原因は男女の視覚情報処理の違いによります。
脳科学者の篠原菊紀氏は、こう説明されます。
「網膜から入った視覚情報の大半を男の子は頭頂葉で処理し、女の子は側頭葉で処理する。頭頂葉には、ものの動きや位置に関する情報処理を行う中枢があり、側頭葉にはものの形や色に反応する神経細胞が集まっている。だから男の子は動くものが好きだし、立体図形を見たとき、裏側から見たり、回転させたりしたときどうなるかを、やってみなくても容易に想像することができる」(『日経kids+』2007年5月号:日経ホーム)
男子は空間認知力が高く、図形問題が得意な子が多い傾向があります。
私が教えていた生徒の中にも、図形問題には抜群の理解力とひらめきを見せる子どもがいました。特に立体図形の表面積や体積などを求める問題は、どんな問題でも難なくこなし大得意でした。
しかし、その子は国語や英語など言語関係の分野の成績はいつも下位レベルでした。私にはその印象が強かったため、その同じ子が算数の図形問題を難なく解くとく度に驚きました。
これが漢字のテストで毎回毎回、再テストを受けてやっと合格点に達していた子かと信じられないくらいだったのです。
真面目な子だったので、国語や英語の勉強をさぼっていたわけではありません。そして、図形問題に特別に力を入れていたわけでもありません。
彼は「立体図形は、別に苦労しなくても頭に浮かんできて、自由に頭の中で動かすことができる」と言っていました。
長い間、そのことを不思議に思っていたのですが、彼が典型的な男の脳をもっていたと考えれば、なるほどと納得いきます。