教え子のTくんのお話をしましょう。
Tくんは、入学したばかりのときには、ひらがなも満足に読めない子でした。
入学前に読みの試験をするので、ひらがなの読めない子はこれまで入学してくることはありませんでした。
でも、Tくんはつい最近まで外国で生活していた帰国子女だったので、それを考慮して入学を受け入れられたのです。
私はTくんが小学1年生のときの学級担任でした。
国語の時間に教科書を読ませると、やはりTくんは一文字ずつたどたどしくしか読めませんでした。
でも、光るものがありました。いっしょに何度も読みこんで、いったんリズムをつかむと、驚くほど表現力豊かに読めるのです。
そして、その表情がとても明るくていいのです。
私は「うまく読めるようになったね」「じょうずだね」、そうほめてはげましました。
すると、Tくんはまた笑顔になります。
6月に学芸会があるので、その台本読みをクラスでしたときも、最初、Tくんはほとんど満足に読めませんでした。
でも、セリフをいったん読んで覚えると実に豊かに表現ができます。
それをほめてあげると、何と一番セリフの多い主役を演じたいと言い出しました。
そして、読み合わせの練習を重ねているうちにクラスの子どもから主役に選ばれ、本番でも見事に演じ切ったのです。
その後、Tくんが小学校6年間中学校3年を通じて、国語のテストの点が急によくなったわけではありません。
ただ、まわりの人を明るくする人柄で、誰とでもすぐ友だちになれる子でした。
幸いTくんは英語がよくできたので、高校は県内の進学校に入学し、そこで生徒会長を務め有意義な高校生活を送ったようです。
そして、東京の難関私立大学に推薦入学しました。
この子は、小学校、中学校の間、たぶん高校でも、短所よりも長所を認めてほめられて育った子だと思います。
教師たちだけではありません。Tくんの両親もほめるの上手な人でした。
元幼稚園の先生だったお母さんは、いつも笑顔でTくんを優しく温かく見守る人でした。
カナダ人のお父さんからは、いつだったか次のようなことを教えていただき、私自身、今でも心に深く残っています。
「日本では、がんばっている人にも『がんばって、がんばって』と言って励ますことがあります。でも、カナダではそう言わないですよ。『いいぞ!すごいぞ!かっこいいぞ!』って励ますんです」
国語がほとんどできないというハンディがあって入学してきたTくんでしたが、彼はそれで少しも卑屈になることもなく、明るく学校生活を送り成長していきました。
それは、彼の力でもあるのですが、彼をほめ続けたご両親や教師たちの力に負うところが大きかったと私は考えています。