『もしも天国のマザー・テレサが君のそばにいたら』の感想

神奈川県藤沢市にある聖園女学院中学校の先生が生徒さんの感想文のコピーを送ってくださいました。

この学校では、入学する前の全生徒(小学6年生)に本を渡し、感想文を書いてくる課題を出しています。

この度は、拙著『もし天国のマザー・テレサが君のそばにいたら』がその課題図書でした。

とても素直な感想に感動し、心洗われる思いがしました。抜粋してご紹介します。

 『もしも天国のマザー・テレサが君のそばにいたら』

天国のお母さん

「生きる」とはいったいどのようなことなのか。

そして、自分は何のために生まれてきたのか。

わたしは、このようなことを何度か思ったことがあります。

このことは悩みに悩んでも答えを見つけることができなかった一番の難問でした。

けれど、たった今、天国のマザー・テレサがわたしに大切なことを教えてくださいました。

それは、わたしもこの世に「大切な人」としてうまれてきたということです。

「大切な人」というと、わたしはすぐに、友達や家族など、自分以外の周りの人を思い出してしまいます。

けれど、マザー・テレサは自分も大切な人と教えてくださいました。

(中略)

小さな事でも日々のつみかせねを大事にし、自分を大切にしていくことができるマザー・テレサを思うと、わたしはマザー・テレサを見ならい生きていきたいと思うようになりました。

そして、今度からは自分も大切にして生きていこうと思うようになりました。

わたしは、今回この本を読んで、少し生き方が変わったような気がしました。

これもきっと天国のマザー・テレサがわたしに本を通して、たくさんのことを教えてくださったからです。

マザー・テレサは、わたしの考え、そして生き方を変えてくれた、天国のお母さんです。

マザー・テレサ

この本で印象に残っているところです。

まず一つ目について話します。

私が受験生活をしている時、私は受験に受かるということしか頭になくて、他人なんてどうでもいい、自分だけが受かればいいのだと思っていました。

しかし、この本を読んで、それではいけないのだと感じました。苦しんでいるのは自分だけではない、みんなであるということもわかりました。

次に二つ目について話します。

私は受験生活がつらくてにげだしそうになった時がありました。しかし、この本を読んで自分には尊い価値があると感じたのです。にげだしてはいけない、自分に負けてはいけないということがわかりました。

三つ目を話します。

今現在、私は、親に反発してしまいます。受験生活の時、親が心配してくれているのがわかっているのにもかかわらず、ただ一方的に反発してしまっていました。しかしこの本を読んでわかりました。

一番受験生活の中で力になり、支えてくれたのは、親だということがわかりました。なので、今は、一番親に感謝したいと思いました。

私はこの本全体を読んで、改めてマザー・テレサを尊敬したいと思いました。
これからは、他人を思いやり、親に反発しないようにしたいと思いました。

「もしも天国のマザー・テレサが君のそばにいたら」を読んで

「あなたも大切な人なのですよ」

私はこの言葉に感動しました。

私のクラスには人と接するのが苦手で不登校の男子がいます。

理由は友達がいないからです。
彼はいつも、「生まれてこなきゃよかった」と言っていました。

その言葉を聞くと、先生は学級会を開き、そのたびに私は
マザー・テレサの言葉を教えてあげたいと思いました。

でも、彼をさけていた時があったので、教えていいかわかりませんでした。
だから私は、マザー・テレサのように祈りました。

「彼が笑顔になる日が来ますように」と。

きっと私はこの本を読んでいなかったら、祈りも何も彼のためにしなかったと思います。

私は、この本を通じて、人のために何かすることで、人を大切にすることと、マザー・テレサのように自分に正直になってお祈りすると、神は力を貸してくださるということを学びました。

私は、聖園で六年間ともに過ごす友達を大切にし、自分も正直になり、神にお祈りしたいと思いました。

私は、この本を読んでどれだけ自分が愛されているかが分かりました。

今、私達にできること

全種類の絵の具を混ぜ合わせると、黒になるー。

街という画用紙は、様々な色で美しく描かれていました。群青の海に、輝く漁火。しかし、活気に満ちた港の明かりは、跡形もなく消え果ててしまいました。三月十一日。巨大地震による大津波が、人々を襲ったのです。

そんな中、ボーイスカウトの小学生が、被災された方々に義援金を送ろうと、募金活動を行ってりうのを見かけました。その時私はお金をもっていなかったため、募金することはできませんでしたが、ふとマザーの言葉が脳裏をかすめました。

「自分が痛い思いをして共に分かち合うとき、苦しみは喜びに変わるのです」と。

私は、現地に足を運びボランティアをすることができなくても、身近な所からやれることはたくさんあるのだと思うと嬉しくなりました。今、私は知恵を工夫により、電力や水の消費量を減らすための努力をしています。その中で、いかに恵まれた生活をしてきたかに気づくことができました。そして、あたり前だと思っていた全てのものに感謝したいです。

私は、ほんのささいなことしかできません。でも、一人ひとりが心がけることによって、復興への第一歩となるのではないでしょうか。

マザーの言葉と出会い、自分で決めた道を歩む上での、大きな励みとなりました。これからは、ほほえみを絶やさず、人のためにできることを謙虚に続けていきたいと思います。

いつか薄紅色の花びらと共に、春の訪れを素直に喜べる日が来ることを祈りたいです。